【論語が教える真実】9割が間違っている「努力」の本質

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名著

今回のテーマは「論語」だよ!

こんにちは。

今回は、二千五百年前から読み継がれている知恵の書、論語についてお話しします。

あなたは、努力という言葉を聞いて、どんなことをイメージしますか?

歯を食いしばって頑張ることでしょうか?

嫌なことでも我慢して続けることでしょうか?

実は、論語が教えてくれる努力の本質は、私たちが普段考えているものとは、少し違っているようなんです。

今回は、特に六十代以上の人生のベテランの方や、毎日を一生懸命生きているあなたに向けて、心を楽にする本当の努力について、お伝えしていきたいと思います。

無理をするのが努力ではありません。

自分の心を整えることこそが、最上の道なんです。

それでは、一緒に見ていきましょう。

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君子(くんし)の心得

まずは、理想的な人物とされる、君子についての言葉です。

君子というと、なんだかすごく偉い、雲の上の人のようなイメージがあるかもしれません。

でもこれは、人間として立派でありたいと願う、私たち全員の目標と言える姿なんです。

論語ではこう言っています。

君子は、常にありのままの自分でいなければならない。

言葉と心とが一致していなければならない。

いかがでしょう。

あなたは普段、周りの人によく思われたいからといって、無理をして自分を大きく見せたりしていませんか?

例えば、ご近所付き合いや、趣味の集まりの中で、知ったかぶりをしてしまったり、思ってもいないお世辞を言ってしまったり。

それは、とても疲れることですよね。

立派な人というのは、決して飾り立てている人ではありません。

心で思っていることと、口から出る言葉がぴったり重なっている。

そんな、裏表のない、自然体でいられる人こそが、本当に魅力的な人なんです。

信(しん)と義(ぎ)の本質

さて、ここからは少しだけ漢字の話になりますが、難しく考えなくて大丈夫です。

論語の中でとても大切にされている、信と義という二つの言葉についてです。

まず、信とは何でしょうか。

これは、先ほどもお伝えした通り、自分の心と言葉を一致させること。

つまり、嘘をつかない、誠実であるということです。

そして、もう一つの義とは何でしょうか。

これは、人が人として行うべき正しい道のことです。

難しく聞こえるかもしれませんが、例えば、誰かが困っていたら手を差し伸べるですとか、借りたものはきちんとお返しするですとか、当たり前のことを当たり前に行うことです。

自分の心に正直に、誠実に生きていると、不思議なことに、今自分が何をすべきかが、自然と見えてくるものなんです。

迷いがなくなるんですね。

これが、信と義が揃った状態です。

信と義の実現

これには続きがありまして、心と言葉が一致している誠実な人が、人として正しい道を進もうとした時、すごいことが起こるんです。

信がそのまま義となっている人の言葉は、必ず実現する。

これ、どういうことだと思いますか?

例えば、あなたの周りに、いつも口先だけで行動しない人はいませんか?

そういう人の、今度やりますという言葉は、誰も信じませんよね。

一方で、いつも約束を守り、周りのために行動している人が、これをやりたいと言ったらどうでしょう。

きっとあなたも、あの人が言うなら応援しようと思うのではないでしょうか。

そうです。

言葉が実現するのは、魔法でも何でもありません。

日頃の行いを見て、周りの人が力を貸してくれるからなんです。

誠実であること。

それが、夢や目標を叶える一番の近道なんですね。

自己理解

さて、人間関係の悩みというのは尽きないものです。

特に、一生懸命やっているのに誰も認めてくれない、家族がわかってくれない、と寂しくなることはありませんか?

でも孔子先生は、そんな悩みに対して、こうバッサリと言い切っています。

他人が自分をわかってくれないなんて、どうでもいいことだ。

えっ、どうでもいいの?と驚かれるかもしれませんね。

でも、続きがあります。

自分で自分をわかろうとしないことが問題なのだ。

ドキッとしませんか?

私たちはつい、他人からの評価ばかり気にしてしまいます。

でも、一番長く付き合っていくのは、自分自身ですよね。

今日一日、自分が何を感じて、何に喜び、何に腹が立ったのか。

自分の心の声に、耳を傾けていますか?

他人の目を気にする前に、まずは自分が自分の一番の理解者になってあげること。

それが、心の平穏を保つ秘訣なんです。

比較の罠に落ちない

自分を知るという話に関連して、もう一つ大切なことがあります。

それは、人と比べないということです。

ついつい、やってしまいがちですよね。

隣の家は立派だとか、友人の孫は優秀だとか、同期の誰々が出世したとか。

でも論語では、立派な人である君子と、未熟な人である小人を、こう対比させています。

君子は、自分で自分のありさまを見ていて、人と比べない。

小人は、人と比べてばかりで、自分のありさまを見ない。

いかがでしょう。

人と比べて一喜一憂している時、私たちは自分の足元を見ていません。

昨日の自分より、今日の自分が少しでも成長できていれば、それで十分素晴らしいことなんです。

散歩の距離が少し伸びたとか、新しい料理に挑戦したとか、そんな小さな自分の変化を喜べる人が、本当の意味で豊かな人なんですね。

本当の「知る」とは

次は、学ぶことについての姿勢です。

あなたは、知らないことを、素直に知らないと言えますか?

年を重ねれば重ねるほど、聞くのが恥ずかしい、知っているふりをしておこう、という気持ちが出てきてしまうものです。

例えば、スマートフォンの新しい機能や、最近のニュースの言葉など、わかったふりをして流してしまうことはありませんか?

でも、孔子は言います。

知っていることと、知らないことの区別がついていることこそが、本当の意味での知るということだと。

わからないということが、自分でわかっていない限り、そこから先へ進むことはできません。

新しいことを知るチャンスを逃してしまうんです。

知らないと言うことは、決して恥ずかしいことではありません。

むしろ、そこから新しい学びが始まる、素晴らしいきっかけなんです。

いくつになっても、素直に教えを請う姿勢を持ち続けたいものですね。

限界を決めるのは自分

何か新しいことを始めようとした時、または困難にぶつかった時、つい口にしてしまう言葉はありませんか?

もう年だから無理だとか、私には才能がないから、といった言葉です。

これに対して、論語は非常に勇気づけられる言葉を投げかけてくれます。

もし力が足りないのであれば、途中でやめているはずだ。

お前はまだやめていないのだから、自分で自分をダメだと思い込んでいるだけだ。

厳しいようでいて、とても温かい言葉ですよね。

本当に無理なら、体が勝手に止まっています。

まだ悩んだり、迷ったりしているということは、あなたにはまだ進む力が残っている証拠なんです。

自分で勝手に限界線を引いて、そこで立ち止まってしまうのはもったいないことです。

できるかどうか悩む前に、まずは今日できる小さな一歩を、踏み出してみませんか?

最強の精神状態

さて、物事に取り組む時の、一番良い心の状態とはどんなものでしょうか。

これについては、知・好・楽という有名な言葉があります。

まずは、知っていること。

でも、知っているだけよりは、そのことを好んでいる、つまり好きであることの方が上です。

そして、ここからが重要です。

好きであることよりも、さらに上があって、それは、楽しんでいることだと言うんですね。

これが最強の状態です。

仕事でも、趣味の園芸でも、スポーツでも同じです。

義務感でやっている人より、好きでやっている人の方が伸びます。

そして、心から楽しんで没頭している人には、誰も勝てません。

辛い修行に耐えるのが努力だと思われがちですが、いかにしてその状況の中に面白さを見つけるか、楽しむ工夫をするか。

それこそが、長続きの秘訣であり、本当の意味での努力なのかもしれませんね。

人を動かす極意

次は、リーダーシップについてのお話です。

これは職場での部下への接し方はもちろん、家庭でお子さんやお孫さんに何かを教える時にも通じる話です。

人を動かしたい時、あなたはどうしますか?

ああしなさい、こうしなさいと、口うるさく命令してはいませんか?

論語ではこう教えます。

その身が正しければ、誰にも何も命令しなくとも、ものごとはうまくいく。

逆に、その身が正しくなければ、何を命令しても、誰も従わない。

耳が痛い話ですね。

人は、言葉ではなく、その人の背中を見て育ちます。

口先だけで立派なことを言っても、行動が伴っていなければ、すぐに見透かされてしまいます。

逆に、何も言わなくても、あなたが誠実に、楽しそうに取り組んでいる姿を見れば、周りは自然と影響され、動き出すものです。

まずは自分自身を整えること。

それが一番の近道なんですね。

「和」と「同」の違い

人間関係において、調和を保つことはとても大切です。

でも、ただ周りに合わせればいいというものでもありません。

ここで面白いのが、和と同の違いです。

君子は、人々と調和するが、同調しない。

小人は同調するが、調和しない。

これ、似ているようで全く違います。

調和というのは、自分の意見をしっかり持ちつつ、相手の意見も尊重して、お互いに良い関係を築くことです。

一方で、同調というのは、自分の意見を持たず、ただ相手の顔色を伺って、へいへいと合わせることです。

表面的には仲良く見えても、そこには本当の信頼関係はありません。

周りと仲良くするのは素晴らしいことですが、流されて自分を見失ってはいけません。

みんな違って、みんないい。

そんな距離感で、お互いを認め合える関係が、本当の調和なんですね。

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本の概要

2000年以上前の言葉である「論語」を、著者が現代を生きる私たちに向けて、自分なりに解釈し直した一冊です。

古典を通して、今を生きるヒントを見つけたい方への、誠実な道案内となる本です。

本の口コミ

学校で習ったつまらない論語の解釈を新たな視点で読み解いてくれた。長い年月を生き抜いた刺激的な思想が蘇ったと感じた

先人の知恵は、いつの時代にも生き続けます

言葉の重み

ここまで、心と言葉の一致や、行動の大切さをお話ししてきましたが、最後に改めて、言葉の伝え方について考えてみましょう。

あなたは普段、独りよがりな話し方をしていませんか?

相手が聞きたくもない自慢話を延々としたり、一方的な説教をしてしまったり。

論語はこう言います。

言葉は、相手に思いが達するのでなければ意味が無い。

どれだけ立派なことを言っても、どれだけ美しい言葉を並べても、相手の心に届かなければ、それはただの音に過ぎません。

相手が今、どんな気持ちでいるのか。

どんな言葉なら受け取ってもらえるのか。

それを想像する優しさがあって初めて、言葉は意味を持ちます。

今日お話しした論語の知恵が、あなたの言葉を、そしてあなたの人生を、より豊かにするヒントになれば幸いです。

最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。

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