
今回のテーマは「大学と中庸」だよ!
今回は少し堅苦しいイメージがあるかもしれない儒教の世界、その中でも特に重要な二つの書物である大学と中庸についてお話しします。
突然ですが、本屋さんに行くとついリーダーシップ論や自己啓発の本を手に取ってしまうことはありませんか?
実はそういった現代のビジネス書の元ネタを辿っていくと、驚くほど多くがこの二千年以上前の古典に行き着くんです。
大学はリーダーとして社会をどう導くかという政治学のような側面を持ち、中庸は自分の心をどう整えるかという哲学的な側面を持っています。
つまりこの二つは、車の両輪のような関係なんですね。
今回はこの最強の古典セットから、現代を生きる私たちが明日から使える知恵を、禅の美学に乗せて紐解いていきたいと思います。
ぜひ最後までリラックスして、コーヒーでも飲みながらお付き合いください。
二つの古典の位置づけ

まずはこの二つの書物の立ち位置を整理しておきましょう。
大学は外への広がり、中庸は内なる深まりを表しています。
イメージしやすくするために、あえて現代風に言い換えてみましょう。
大学は、いわばMBAの教科書です。
自分がどう動けば組織が動き、社会が良くなるかという、外向きのベクトルを持っています。
対して中庸は、メンタルヘルスの指南書と言えるかもしれません。
どんな状況でも揺らがない心をどう作るかという、内向きのベクトルです。
でも面白いのは、この二つが目指しているゴールは実は同じなんです。
それは、人間としての正しさや誠実さを追求すること。
外側を整えるには内側が必要だし、内側を磨くには外側での実践が必要だということです。
この相互作用を意識しながら、それぞれの教えを見ていきましょう。
物に本末有り、事に終始有り

さて、ここから大学の核心部分に入っていきます。
あなたは仕事や生活の中で、何から手を付ければいいか分からなくなることはありませんか。
大学では、全ての物事には本末、つまり根っこと枝葉があるとはっきり言っています。
立派な木も、見えない根っこがしっかりしていなければ、枝葉は茂りませんよね。
私たちはいきなり成果という果実や、テクニックという枝葉を求めがちです。
例えば、どうすればフォロワーが増えるかとか、どうすれば効率よく稼げるかとか。
でも、大学は言います。
まず自分のあり方を整えるのが先だよ、と。
これが本質つまり本であり、地位や名声はあくまで後からついてくる末端、つまり末であるというわけです。
この順序、本末の優先順位を間違えないことこそが、物事をうまく運ぶための絶対的な法則なのです。
修己治人のプロセス

では、その本質である自分を整えるとはどういうことでしょうか。
ここに、修己治人という有名なプロセスがあります。
世界を平和にしたい、社会を良くしたいと願うなら、まずは自分の国を治めなさい。
国を治めるには、まず自分の家庭を整えなさい。
家庭を整えるには、まず自分自身の行いを正しなさい。
そして、行いを正すには、心を正し、知恵を磨きなさい。
どうでしょうか。
全ての矢印が、自分の内面に向かっているのが分かりますよね。
私たちはつい、部下が動かないとか、社会が悪いとか、環境のせいにしがちです。
でもこの図が示しているのは、すべての起点は自分自身にあるという強烈なメッセージです。
自分が変わることでしか、家族も組織も、そして世界も変わらない。
遠回りのように見えて、これが唯一の確実な道だということを、このピラミッドは教えてくれているんです。
心の歪みと認識の歪み

さらに深く内面を見ていきましょう。
身を修めるにはまず心を正す、と言われますが、これはどういう状態でしょうか。
あなたも経験があると思いますが、すごく腹が立っている時に送ってしまったメール、後で読み返して後悔したことはありませんか?
あるいは、不安でたまらない時、普段なら気にも留めない相手の一言が、すごく悪意のある言葉に聞こえたりしますよね。
怒り、恐れ、好み、憂い。
こういった感情に心が支配されている時、私たちは世界をありのままに見ることができません。
波立った水面には月が歪んで映ります。
リーダーがこの状態だとどうなるでしょうか。
判断を誤り、チームを間違った方向へ導いてしまいます。
だからこそ、まず自分の心の波を静め、鏡のようにフラットな状態にする。
これが正心と呼ばれる、リーダーに不可欠な心のスキルなんです。
忠恕(ちゅうじょ)

では、心を整えた上で、他人とどう関わればいいのでしょうか。
ここで出てくるのが忠恕というキーワードです。
これこそが儒教における人間関係の黄金律です。
まず忠とは、自分自身に対して誠実であること。
自分の良心に嘘をつかないことです。
そして恕とは、その誠実さを他人に向けること、つまり思いやりです。
もっとシンプルに言えば、自分がされて嫌なことは人にもしない、自分がしてほしいことを人にもする、ということです。
当たり前のことじゃないか、と思われるかもしれません。
でも、本当にこれを徹底できているでしょうか。
部下に対して、パートナーに対して、あるいはネット上の誰かに対して。
自分の行動は、自分がされたら嬉しいことだろうか。
そう問いかけるだけで、人間関係のトラブルの9割は防げるかもしれません。
道は遠いところにあるのではなく、このシンプルな問いかけの中にこそあるんです。
中庸の難しさ:過不足を知る

ここからは中庸の世界に入ります。
中庸と聞くと、なんとなく足して二で割るとか、ほどほどに妥協するといったイメージを持つ方が多いかもしれません。
でも実はもっと厳しく、ダイナミックな概念なんです。
過不足のない最適なバランス点、これを維持し続けることが中庸です。
賢い人は頭が回りすぎて、先回りしてやり過ぎてしまう。
逆にそうでない人は、理解が及ばず行動が足りない。
どちらも道からは外れています。
例えば料理の味付けを想像してみてください。
塩は多すぎても少なすぎても美味しくないですよね。
その素材にとってベストな塩加減、その一点をピタリと当てるような難しさが中庸にはあります。
日常の当たり前の行為、例えば食事をすること、会話をすること、そういった何気ない瞬間の中にこそ、この絶妙なバランス感覚が問われているんです。
聖王・舜に学ぶリーダーシップ

では、その中庸を体現したリーダーとはどんな人物でしょうか。
伝説の聖王である舜のエピソードが参考になります。
彼は王様でありながら、自分の知恵をひけらかすことをしませんでした。
むしろ、周りの人にとにかく質問し、身近な人の何気ない言葉にも耳を傾けたそうです。
これ、現代で言うところの傾聴力や、心理的安全性の確保そのものですよね。
そして素晴らしいのが、出てきた意見の中で悪い部分はそっと包み込んで表に出さず、良い部分だけを取り上げて称賛したそうです。
さらに、意見が対立したときは、両極端な意見をしっかり把握した上で、その真ん中の最適な解を採用しました。
自分の意見を押し付けるのではなく、みんなの知恵を集めてベストミックスを作る。
これこそが、中庸を実践するリーダーの姿であり、現代の組織作りにもそのまま通じる大いなる知恵だと言えます。
素位而行(そいじこう)

次に紹介するのは、私が個人的にとても好きな言葉、素位而行です。
これは、自分の現在いる地位や境遇に基づいて行い、それ以外を願わないという意味です。
私たちはつい、もしもっとお金があったらとか、もしもっと良い上司に恵まれていたら、と無いものねだりをしてしまいがちです。
でも君子は違います。
お金持ちならその立場でのベストを尽くし、貧しいならその状況でできる工夫をする。
逆境にあっても、そこを自分の成長の場として淡々とやるべきことをやる。
上司を恨んだり、環境のせいにしたりしないんです。
これは諦めではなく、圧倒的な現状肯定と言えます。
弓道の的が外れたとき、的のせいにしたり、風のせいにしたりする人は上達しませんよね。
原因は自分の姿勢にあると内省する。
どんな場所にいても、そこで咲くことができる強さが、この言葉には込められています。
慎独(しんどく)

さて、君子の真価が問われる瞬間があります。
それが慎独です。
読んで字のごとく、独りの時を慎むということです。
あなたは、誰も見ていない部屋で、あるいは誰も知らない旅先で、どんな振る舞いをしているでしょうか?
SNSではキラキラした姿を見せていても、誰も見ていないところではゴミをポイ捨てしたり、悪口を書き込んだりしていないでしょうか?
小人、つまり未熟な人は、人が見ている時だけ良い人のふりをします。
でも君子は違います。
内面の誠実さが本物であれば、誰が見ていようがいまいが、行動は変わらないはずなんです。
むしろ、孤独な時間にこそ、自分自身と向き合い、自分を律することができる。
誰からの評価も期待できない状況で、それでも正しくあれるか。
この慎独の精神こそが、本物の人格を作る最後の砦なのかもしれません。
徹底した努力と継続

君子になるのは難しそうだな、自分には才能がないしな、と思った方もいるかもしれません。
でも安心してください。
中庸にはこんな力強い励ましの言葉があります。
人一能わば、己これを百す。
人が一回でできることなら、自分は百回やればいい。
人が十回でやることなら、自分は千回やればいい。
そうすれば、どんなに不器用な人でも必ず賢くなれるし、弱い人でも強くなれるというのです。
これは単なる根性論ではありません。
才能の差なんて、圧倒的な努力の量で凌駕できるという事実です。
現代はタイパ、つまりタイムパフォーマンスが重視されがちですが、あえて泥臭く、納得するまで千回繰り返す。
その愚直な継続こそが、実は最短で最強の成長ルートだということを、この言葉は教えてくれています。
至誠の変容プロセス

私たちが誠実さを積み重ねていくと、どうなるのか。
至誠のプロセスを見てみましょう。
まず心の中に誠実さが生まれます。
するとそれは、必ず言葉や態度という形になって現れます。
形になれば、それは際立って見えてきます。
際立てば、光り輝き始めます。
その輝きは、周囲の人を感動させます。
感動した人は、行動や考え方が変わります。
そして最終的に、その誠実さは周りの人を、ひいては世界を感化し、変容させていくのです。
自分一人が変わったところで何になるんだ、と無力感を感じることがあるかもしれません。
でも、このプロセスを見てください。
世界を変える力は、魔法のように空から降ってくるものではなく、あなたの内側にある小さな誠から始まり、それが外へ外へと溢れ出すことでしか生まれないのです。
【おすすめ本】大学・中庸
本の概要
あなたが今、仕事で、人間関係で、人生の岐路で迷っているなら、2500年前の賢者たちが遺した答えがここにあります。
『大学』『中庸』は、リーダーとして、そして一人の人間として「どう生きるべきか」を問い続けた古典ですが、本書は難解な漢文の壁を取り払い、総ルビと現代語訳で、まるで隣で語りかけてくれるような優しさで、その深い知恵をあなたに届けてくれます。
感情に振り回されず、自分の軸を持って生きる「中庸の徳」を手に入れたいと思ったら、今日この一冊を手に取ってみてください。
本の口コミ

有名な部分を中心に、抽出して訳と解説が書いてあり、ちょっとした興味で読みたい方向けです。温故知新、とか知ってる言葉も出てきて、ここからきてたんだな~などと感心しました。

大学も中庸もわかりやすく、しっかりまとまっていて非常に楽しく読了できました。入門編として、おすすめです!
まとめ

君子の道は闇然として日に章か。
これは、君子の道は一見すると暗くて目立たないけれど、日が経つにつれて内側から輝き出してくる、という意味です。
逆に小人の道は、最初は派手で目立つけれど、すぐにメッキが剥がれて消えてしまいます。
私たちはつい、すぐに結果が出ることや、派手なアピールに目を奪われがちです。
でも、大学と中庸が教えてくれるのは、誰も見ていないところでコツコツと自分を磨き、内面を充実させることの尊さです。
評価を求めず、ただ淡々と、自分の本質という根っこを太くしていく。
そうすれば、いつか必ず豊かな枝葉が茂り、周りの人にも木陰を提供できるようになります。
そんな静かで力強い生き方を、ぜひ今日から少しずつ実践してみてください。
