
今回のテーマは「行動経済学」だよ!
行動経済学という視点から、私たち人間の、少し変わった、でも愛すべき本性についてお話ししていきます。
早速ですが、画面の前の皆さんにひとつ、正直にお答えいただきたい質問があります。
「ご自身は、普段の生活や仕事において、物事を論理的かつ合理的に判断できている自信がある」という方、どれくらいいらっしゃいますか?
もし今、自信を持って「はい」と答えた方がいたら、ぜひ最後までご覧ください。
おそらく、多くの方が「自分は合理的だ」と思いたいのではないでしょうか。
私たちは自分の脳を信頼していますし、損得勘定もしっかりできているつもりでいます。
しかし、行動経済学が突きつける現実は少し違います。
実は私たちの判断は、驚くほど「不合理」なんです。
しかも、その間違い方はランダムではなく、ある決まったパターンに従っています。
つまり、私たちは「予想どおり」に間違えてしまうのです。
今回は、そんな私たちの脳のクセ、いわば「思考の錯覚」を解き明かし、明日からのビジネスや生活で「賢い選択」をするためのヒントをお届けしたいと思います。
比較でしか選べない

まずは「相対性」という罠についてです。
私たち人間は、あるモノの価値を「絶対的な基準」で測ることが、ものすごく苦手な生き物です。
その代わりに何をするかというと、常に「何かと比べて」判断しようとするんですね。
例えば、ちょっと奮発してランチに行き、メニューを開いたと想像してください。
そこには3つのコースが並んでいます。
Aランチ:3000円の特選ステーキコース。
Bランチ:2000円のハンバーグコース。
Cランチ:1000円のパスタコース。
さて、どれを選びますか?
おそらく、真ん中の「Bランチ」を選びたくなった方が多いのではないでしょうか?
これは「松竹梅の法則」とも呼ばれる心理です。
実はお店側があえて3000円という高いメニューを置くのは、それが売れることを期待しているのではなく、本命である2000円のメニューを「お得で無難」に見せるための「おとり」である可能性が高いのです。
私たちは無意識のうちに、比べにくい絶対的価値を無視し、目の前にある「比べやすいもの」だけを比較して安心感を得ようとします。
ネットショッピングをする際も、ふと立ち止まって自問してみてください。
「これは本当に価値があるのか? それとも、隣の商品と比較してお得に見えているだけなのか?」と。
無料の代償

次に、「無料(タダ)」という言葉が持つ、恐ろしい魔力についてです。
ある興味深い実験があります。
高級なリンツのトリュフチョコを15円、普通のキスチョコを1円で売りました。
すると、大多数の人は「15円出してでも美味しいリンツがいい」と判断しました。
ところがです。
それぞれ1円値下げして、リンツを14円、キスチョコを「無料(0円)」にしました。
両方とも同じ額だけ安くなったので、価格差は変わりません。
しかし、人々の行動は劇的に変わりました。
なんと、圧倒的多数が味の落ちるキスチョコを選んだのです。
たった1円の違いなのに、「無料」になった瞬間に、私たちの理性のタガが外れてしまうのです。
私たちは「無料」と聞くと、そこに「損をするリスクがない」と錯覚します。
でも実際はどうでしょう?
無料のポケットティッシュをもらうために行列に並んで貴重な時間を無駄にしたり、Amazonなどのネット通販で「送料無料」にするために、本来不要だった雑貨をカートに追加してしまったりしていませんか?
「タダより高いものはない」という昔からの格言は、経済学的にも非常に正しい警告です。
無料の裏側に隠れている「見えないコスト」に、ぜひ目を向けてみてください。
社会規範 vs 市場規範

私たちの人間関係や社会には、決して混ぜてはいけない「2つのルール」が存在することをご存知でしょうか?
それは「社会規範」と「市場規範」です。
具体的な場面を想像してみてください。
あなたが友人の引越しを手伝って、重い荷物を運んだとします。
作業の後、友人が「本当にありがとう、これお礼の気持ち」と言って、冷たいビールと美味しいお寿司をご馳走してくれたらどう思いますか?
温かい気持ちになりますよね。
これが「社会規範」の世界です。
しかし、もし友人が財布を取り出し、「重労働ありがとう。はい、相場を考えて時給1000円払うね」と言って現金を渡してきたらどうでしょう?
一気に興醒めしませんか?
「えっ、私はお金のために手伝ったんじゃない」と、関係性が壊れたような冷たさを感じるはずです。
これが「市場規範」の導入による失敗です。
一度「お金」という物差しを持ち込むと、人間関係の温かみは消え去り、冷徹な取引のルールに書き換わってしまいます。
これはビジネスや教育でも同じです。
社員のモチベーションを、常にお金やボーナスだけでコントロールしようとするのは危険です。
「やりがい」や「チームの誇り」といった社会規範のアプローチこそが、長期的には大きな力を発揮することを、ぜひ覚えておいてください。
持てば持つほど欲しくなる

次は「所有効果」です。
これは、一度自分のものにしてしまうと、その価値を客観的な相場よりも高く見積もってしまう心理のことです。
メルカリなどのフリマアプリを見ていると、「なんでこんな使い古した中古品に、こんな強気な値段をつけているんだろう?」と思うような出品に出会うことはありませんか?
あれこそが所有効果の典型です。
出品者は、その商品自体の価値に加えて、自分自身の「思い出」や「愛着」まで価格に乗せてしまっているのです。
本人にとっては適正価格でも、他人から見れば高すぎる、というギャップが生まれます。
さらに厄介なのは、「持てば持つほど、もっと欲しくなる」という性質です。
家を買えばそれに合う高い家具が欲しくなり、車を買えばオプションパーツが欲しくなる。
この欲望の連鎖、相対性の連鎖には終わりがありません。
「トム・ソーヤーの冒険」の中で、マーク・トウェインはこう書いています。
「人になにかを欲しがらせるには、それが簡単には手に入らないようにすればいい」。
私たちは「手に入らないもの」や「失うかもしれないもの」に異常な価値を感じてしまいます。
時には「手放す勇気」を持つこと、そして「所有する前の冷静な視点」を取り戻すことが、この呪縛から逃れる唯一の方法かもしれません。
複雑さを捨てる

現代は「選択肢過多」の時代です。
スーパーに行けばドレッシングだけで何十種類もあり、動画サイトには一生かかっても見切れないほどのコンテンツがあふれています。
しかし、この「多すぎる選択肢」は、私たちを幸せにするどころか、逆に不幸にしているかもしれません。
皆さんも、NetflixやYouTubeで見るものを探しているうちに30分経ってしまい、結局何も見ずに寝てしまった、なんて経験はありませんか?
有名な「ジャムの実験」では、売り場に24種類のジャムをズラリと並べた場合と、厳選して6種類だけ並べた場合を比較しました。
すると、実際に購入に至った率は、なんと6種類の方が圧倒的に高かったのです。
その差は10倍近くにもなりました。
人間は複雑さを嫌います。
選択肢が多すぎると、「選ばなかった方のジャムの方が美味しかったかもしれない」という後悔を恐れ、脳がフリーズして、結局「選ばない(買わない)」という決断をしてしまうのです。
これを「決定回避の法則」と言います。
ビジネスでも人生でも、「単純化」は最強の武器です。
あえて選択肢を絞り、明確な目標を設定してあげること。
それが、不合理な脳を動かすための、最も賢い戦略なのです。
少しだけズルをする心理

最後は、少し耳の痛い「正直さ」に関するお話です。
「自分は嘘をつかない、正直な人間だ」と思っている方にこそ聞いていただきたい実験結果があります。
マサチューセッツ工科大学で、学生に計算問題を解かせ、正解数に応じて報酬を渡す実験を行いました。
この時、答案用紙をシュレッダーにかけて証拠隠滅できるようにし、自分で正解数を「自己申告」させるとどうなったと思いますか?
はい、皆さんの予想どおりです。
多くの学生が「少しだけ」正解数を水増しして報告しました。
ここで重要なのは、大胆に「全問正解だ!」と大嘘をつく人はほとんどいなかったということです。
人は、「自分は正直な人間だ」という自己イメージを保てる範囲内でのみ、ちょっぴり不正を働くのです。
「これくらいなら誤差だよね」「みんなやってるし」という言い訳ができる範囲です。
しかし、実験の前に「十戒」を思い出させたり、署名をさせたりして道徳心を刺激すると、不正はピタリと止まりました。
私たちの倫理観は確固たるものではなく、環境やリマインダーによって簡単に揺れ動きます。
性善説でも性悪説でもなく、「人間は誘惑に弱い」という前提に立ってシステムを設計することが、組織の信頼を守る鍵になるのです。
【おすすめ本】予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
本の概要
毎日「なぜか無駄遣いしてしまう」「ダイエットが三日坊主で終わる」と自分を責めているあなたへ
実は、あなたが「意志が弱い」のではなく、人間の脳が最初から「不合理」にできているだけなんです。
この本は、「高い薬のほうが効く気がする」「タダと聞くと要らないものまで欲しくなる」といった、誰もが日常で経験する”あるある”を、世界トップの行動経済学者が痛快に解き明かした一冊で、読み終えたときには「人間ってこんなにも面白い生き物だったのか!」と、自分や周りの人を見る目が一変しているはずです。
自分の不合理なクセを知ることで、明日からのお金の使い方、仕事の進め方、人間関係が驚くほど変わる。
本の口コミ

経済学はまったくの素人ですが、とても楽しく読めました。特に「アンカリング」の話が印象的で、ちょっとした数字や最初の提示条件で、人の判断がここまで左右されるのかと驚きました。内容は専門的すぎず、日常生活の事例が多いのでスラスラ読めます。「自分も普段こうやって不合理な選択をしてるんだな」と気づかされて、思わず笑ってしまう場面も。

予想通りにおもしろい。その一言。行動経済学の初歩的な内容なんでしょうけど、そういう勉強をしてきたことがない私には刺激的でした。おすすめの一冊です。
まとめ
ここまで、人間がいかに不合理な生き物かを見てきました。
比較の罠に落ち、無料に飛びつき、所有物に執着し、少しだけズルをする。
これを聞いて、「なんだ、人間ってダメな生き物だな」と思われたでしょうか?
しかし、「不合理だからこそ、人間は面白い」。
もし私たちが完全に合理的なコンピュータのような存在だったら、プレゼントの交換も、ボランティア活動も、誰かのために損をするような優しさも、この世から消えてしまうでしょう。
私たちの不合理な行動にはパターンがあります。
つまり、予測可能なのです。
自分がどのような場面で判断を誤りやすいかを知っておけば、その罠を避けることができます。
あるいは、その人間臭さを愛して、より良い関係を築くこともできるでしょう。
今回の知識が、明日から少しだけ賢く、そして人間らしい選択をするための羅針盤になれば幸いです。

